jamバンドWEB小説

Music Maker MX2 特別限定版 jamバンド
第5話

 満腹で動けないというリズムを引きずりながら部室に戻ると、案の定他の三人はいなかった。
先日、下級生の二人と文化祭を見て回りたいとマキが言っていたので、大方その言葉の通りに展示でも見ているのだろう。
荷物は置いてあるから、待っていればそのうち戻ってくるだろうと予想して、カナはいつもの席に腰を下ろした。
カナの席は窓際に一番近い、奥まった位置だ。
リズムもその隣の定位置に座り込んで、食べ過ぎた、と呻いている。
もしマキがいれば、テーブルを挟んでちょうど二人の真向かいに席がある。

 部室の席は、特にここと決めたわけではないのだけれどもいつの間にか同じ位置に座るようになっていた。
最初は三人しかいなかったから席も余っていたが、去年カノンがカナとは反対側のリズムの隣に座るようになって、今年はマリーがマキの隣に席を決めた。
広いと思った部室も、今ではずいぶんと狭く感じる。
楽器も増えたし、私物もみんなが色々なものを持ち込んでいる。
がらんとしていたテーブルも、楽譜や音楽雑誌、その他学校のプリントだの、誰かの買ったペットボトルに付いていたフィギュアだの、こまごましたものであふれかえっている。
カナが今しがた本と本の隙間に差したおみやげのわたがしもその中に加わって、混乱の極みといっても過言ではない有り様だ。

 文化祭の展示はこの部室が集まっているエリアでも行われていたから、廊下に出れば騒々しい。
けれども部屋の中に入ってしまえば、意外なほど静かだった。
いつもは騒がしいリズムも今は頬杖をついて、ぶらぶらと足を揺らしている。
カナと二人きりでいる時のリズムは割合におとなしいし、あの妙なしゃべり方もしない。
 カナは部室の中をひとしきり眺め、それから窓の外に目を移した。
カナはこの部室の窓から見える空が好きだった。
部室棟に隣接する校舎が陰をつくるから、冬はやや暗い。
けれど春と秋にはぽかぽかとしたひだまりを作るし、夏場はカナの足元にまで光が伸びてくる。

中庭を挟んで向かいの校舎の屋上が、窓の下の方に見える。
そこには普段誰もいないけれど、一度だけカナは生徒が立っているのを見たことがある。
女生徒だった。屋上は立ち入り禁止だけれども自分たちだって一度PV作りを理由に無断で上がったことがあるから、多分同じように鍵の複製を持っているどこかの誰かなのだろう。
屋上の端からひょっこり顔を出して、しばらくじっとした後にくるりと背を向けてすたすたと歩み去ってしまった。
眼鏡を掛けていない時だったから、顔はよく見えなかった。
たしかちょうど一年前、文化祭の打ち合わせをしていた間のことだったから、あの生徒は今もいるのか卒業してしまったのか、それすら定かでない。
今年も会えるかな、と少しだけ楽しみにしていたのだけれども、どうやら会えずじまいのようだ。

「屋上、行きたい?」
 驚いて振り返ると、リズムも同じように向かいの屋上を見上げていた。
頬杖をついてぼんやりとした顔は、いつもより少し幼さが消えている。
「……よくわかったね」
「ま、長い付き合いですから」
 くくっと悪い笑いを浮かべたリズムは、スカートのポケットからいつぞや見たのと同じ鍵の束を取り出した。

 PVを撮った屋上は部室棟のある校舎だったので、こちら側の屋上へ上がるのは初めてだった。
三年生の教室が並ぶ一角を通り過ぎるとこちらの校舎はしんとして、人の姿もほとんどない。
屋上までの階段でも誰にも会わず、すんなりと屋上へ抜けた。
流石にこんな日に教師に見つかると明日のステージに差支えがあるので、頭を下げてこそこそと端まで行く。
風はゆるやかで、思っていたより陽射しがきつい。
 リズムと二人並んで、ついさっきまで自分たちの姿があった部室の窓を眺めた。
開け放した窓の向こう側は、暗くて思っていたほどよく見えなかった。他の部室も同様だ。
ただ、すっかり離れたこんな場所にいるのは愉快だった。
 もしかしたら、と思った。
去年のあの生徒も、その前の年に誰かが見ていたこの場所をたしかめに来ていたのかもしれない。
そしたら、今も誰かが自分たちを見つけて、何やってるんだろうとか考えているのかもしれない。
そうしてまた来年その誰かがここに立つのかもしれない。

 カナはのっそりと手を上げて、誰にともなく手を振ってみた。
何やってるの、とリズムは呆れたように笑って、小さく欠伸をした。
「………合図」
 顔も名前も知らない誰かさんへ。ハロー、ハロー。
「あ、帰ってきた」
 リズムの言葉に自分たちの部室へ目を向けると、ちらちらの暗がりの中に見知った姿らしきものがひらめいた。
とても遠い人たちのように見えた。
「………戻ろうか」
「うん」

 また頭を下げながら隠れて出入口のドアまで戻って、スカートの裾を払う。
扉を閉める時、一度空を仰いでみた。
部室から見上げる空と、この屋上の空は同じものであるはずなのに、ずいぶんと感じ方も変わるものだと思った。
それがどういう違いなのかは、うまく言葉にできないけれど。
カナの横で同じように空を見たリズムが、小さく小さくため息を吐いた。
たぶん、カナの気持ちも似たり寄ったりだった。

「………明日、がんばろ」
 階段を下りながら言うと先を歩いていたリズムは振り向かないまま、がんばるニョロ、とピースサインをつくった。




※このお話はサ●エさん時空的な世界のお話です。時間系列は深く考えずにお楽しみください。