第2話
部室を飛び出していったリズムの姿はあっという間に見えなくなってしまった。
普段ぼんやりしているカナもいっしょだからと思ってみたのだが、なかなかどうしてカナの姿もすでに遠い。
「うう、カナ先輩も速い……」
「やる時はやる子だよ、カナちゃんは」
目の上に手でひさしを作って眺めるマキの声はのんびりとしたもので、二人の暴走についてはすでに諦めているようだった。
「陸上部にでも入れそうですね」
「ああ、リズムちゃんは一年の時に勧誘されてたよ」
「な、なんというもったいないスペック」
「こればっかりは本人のやる気次第だからねえ」
マリーの言葉に対してマキはすっかり達観した返事を落とした。
しかしカノンはまた姉の身勝手で、せっかくみんなで文化祭を回ろうというマキの言葉を反古にしてしまったのが申し訳ない。
「すいません、おねえちゃん勝手に出てっちゃって……」
恐縮して頭を下げるカノンに、気にしないでとマキはからから笑って、さあ行こうと二人を促した。
「とりあえず教室展示から見てこうか。こっちも屋台と同様、投票で順位がついて上位三クラスには景品も出るから、みんな結構がんばるんだよ」
「わあ、中学とは全然違いますね」
「あ、マリーちゃんこういうの好きそう。風船使った展示だって」
「風船!」
階段に貼りだされている展示案内を見ながらマキが教えると、丸いもの好きなマリーは風船と聞いて俄然目を輝かせている。
もともと世話好きなマキも一緒になって盛り上がって、それを少し後ろへ下がった位置で見ながら、カノンは複雑な胸中にこっそりとため息を洩らした。
姉の身勝手な行動を止められない自分が情けないし、マキのように度量が広くもないからこんなふうに一々気にかけるのも本当は嫌だ。
姉のように天真爛漫に振る舞えないのも自分に面白味がないからだと思うし、カナのようにその行動力に乗ることができない生真面目さも疎ましい。
マリーも自分と同じでリズムに振り回されている方だけれど、心酔しているマキが上手いことフォローを入れてくれているから何だかんだ言ってその苦労を楽しんでいるようだ。
楽しんでいないのは自分だけ。それが心苦しくて、バンドの皆に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
やはり自分なんかがいていい場所ではないのではないか、と常々感じている感情が頭をもたげる。
今日は文化祭なのに。明日はステージもあるというのに。
「マキ先輩、見てください! うさぎです! 丸いです!」
バルーン展示を見てはしゃいでいるマリーの声が耳に痛くて、カノンはうつむいて自分の手のひらに目を落とした。
担当しているキーボードは、ピアノの経験を買われて誘われたものだけれど、本当はリズムの方がずっと巧い。
だけどもうリズムはピアノを弾かない。
まだ小学校に上がるか上がらないかくらいの幼いころは、リズムもピアノを習っていた。
すでにその頃から将来が楽しみだと噂されるくらいの腕前だったけれど、ある日いきなりリズムはピアノを辞めてしまった。
飽きた、と本人は笑って言っていたけれど、実際のところは同じように、いやリズム以上に練習してもリズムのように弾けないカノンが落ち込んでいるのを気遣ったからだ。
あの当時はそんな姉の気遣いに気づかなかったけれど、中学に上がる頃にはなんとなく察することができるようになった。
何をしても自分は上手くいかないし、そんな自分の存在が姉に気を遣わせてしまう。
もし、違う高校へ進んでいたら、こんな思いをしないで済んだのだろうか。
リズムももっと伸び伸びと自分の好きなことができたんじゃないだろうか。
二人から離れて教室内の展示を見るでもなくぐるりと回っていると、思考もぐるぐると同じ所を回ってしまうみたいだった。
ただカノンには、どうしたらその中から抜け出せるのか、全くその術が思いつかなかった。