第10話
文化祭のステージ裏の景色は今回が三度目で、何の因果か去年も一昨年も合唱部の次という順だった。
発表の順番はくじ引きで決めるから完全な運任せなのだけど、流石にいくつもある部活やクラブの中から三度も並ぶのが決まった時には、マキは合唱部の部長と顔を見合わせた。
合唱部の部長とは一年二年と同じクラスだったから、顔なじみだ。
「まったく、今年もあなたたちの前座みたいな気分だわー」
「何言ってるの。こっちだって合唱部の後はやりにくいったらないのよ。そっちはコンクール入賞って箔ついちゃってるし」
「ふふ。でも、マキはいつもわたしたちの後だから、ろくに聞いてくれてないでしょ」
合唱部の部長はそう言って笑っていたけれど、否定はできなかった。
ステージの前は最後のチェックで忙しく立ちまわったり、緊張もあって、例年歌声が聞こえるのは聞こえるのだけれど、聞き入るほどの余裕はなかった。
マキはギターを抱えたまま、そっと緞帳の脇から舞台をのぞいた。
去年まではステージを注視する客席に目が向かったけれど、今年は舞台の上の友人を探した。
大人数の合唱部だけれど、彼女の姿はすぐに見つけられた。
ソプラノパートの隅で、頬を紅潮させてのびのびと歌っている。
三年生の彼女は夏までは中央にいたのだけど、引退同然の扱いとなっているこの文化祭ではその座は後輩に譲ってしまっていた。
それでも、普段は物静かな彼女がめいっぱい声を張り上げて歌っている姿は、場所がどこであっても目を引き、美しかった。
「……どこが前座なんだか」
マキは我知らずつぶやいて、くつくつと笑った。
前座どころか、合唱部が話題をかっさらっていく、というくらいの気概を感じた。
「……今年は、合唱部、強いね」
マキの隣で合唱に耳を傾けていたカナも、感じ入ったように声を洩らす。
その脇からひょっこり顔を出したリズムが、チッチッ、と指を振った。
「へへーん、それでも主役は我らがjamバンドだニョロ! ノーベル賞レベルのステージ見せてやるニョロ!」
「おねえちゃん、ノーベル賞に音楽部門はないよぅ」
「何言ってるのだノンちゃん! 野望は常に天よりも高く持つべきニョロよ!」
「……そう。野望、大事」
「ちょっとカナさんまでやめて下さいよぅ、平和に楽しみましょうよぉ〜」
おろおろと平和を訴えるカノンに、リズムが茶々を入れて混ぜっ返す。
カナまで加わってしまっているから、カノン一人ではとても太刀打ちできない。
本番前とは思えない三人のやりとりを呆れ半分に見ながら、隅の方に立ちつくしている、めっきり口数の減ったマリーに気付いた。
「マリーちゃん、大丈夫?」
「マ、ママママキ先輩!? い、いえ、大丈夫です! 平気っしゅ!」
というものの見事に声は裏返っているし、ギターのネックを握る手が震えている。
さっきまでは落ち着いて見えたのだが、やはり本番のステージを前にすると舞台慣れしているマリーでも緊張するものらしい。
自分たちが一年生の時も、今のマリーのように全身ガタガタ震わせてステージの袖に棒立ちになっていたっけ、と当時を思い返して、マキはくすりと笑みをこぼした。
「マリーちゃん」
うつむいてぶつぶつと念仏じみた声でメロディをさらっているマリーに声をかける。
はい? と上がった額に、マキはこつりと自分の額を合わせた。
「………っ! マ、マキ、せんぱ、」
「大丈夫だよ。マリーちゃんならちゃんとできるから。いっぱい練習してたの、わたし知ってるから」
ね、と目を合わせて微笑んだ。
そうだった。
弦楽器の素養があるといってもギターは初心者のマリーは、この半年のあいだ時間を惜しんで練習していた。
見違えるほど上達した。
本当は、もう少しそばで見ていたかった気もする。
同じくらい、離れた方がいい気もしている。
マリーのギターがこの先どう変わっていくのかが、本当に楽しみでならなかった。
マリーは赤い顔で口をもごもごさせた後、はい、とちいさく、けれどきっぱり頷いた。
うん、とマキは顔を離した。
ちょうどその時、わっ、と客席から拍手が起こった。
合唱部の発表が終わったのだ。
照明が落ち、文化祭実行員のスタッフたちが慌ただしく台を片付け、マキたちにステージへ移動するように指示を出す。
「すぐ行きまーす!」
それに応じてギターを抱え直したマキは、もう一度jamバンドのメンバーを見回した。
皆もマキを見つめていた。
リズムたちに今しがたまでの浮ついた感じはなかったし、マリーの顔からも不必要な緊張は消えていた。
マキは口の端を持ち上げ、ステージを指さした。
「ぎゅんぎゅん行くよー!」
おー! 皆で声を揃え、jamバンドはステージへ飛び出した。
jamバンドWEB小説
「フェスティバル・ジャム」
おわり
※このお話はサ●エさん時空的な世界のお話です。時間系列は深く考えずにお楽しみください。
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